
裁判制度研究会 『正当防衛と緊急避難について』
A.正当防衛の要件について
1急迫不正の侵害に対して行われたものであること
2自己又は他人の権利を防衛するため
3やむを得ずにした行為
今回はこのうち1の「急迫性」の意義について、2の防衛の意思が必要かどうかについて、3のやむをえずにした行為の意義について論じ、後に大阪高裁平成14年7月9日判決について検討することにする。
B.「急迫性」の意義について
急迫(性)とは、法益侵害の危険が切迫していること(正当防衛が正当化されるのはとっさの判断であるからであり、予期しているなら事前に回避可能であるから)を意味し、被害が現に生じていることは必要ではない(注:現に存在していてもよい)。過去の侵害や将来の侵害に対する行為は正当防衛ではありえない。判例・学説上、侵害が予期された場合にも急迫性が認められるかが問題とされている。かつての判例は侵害の予期がある場合、急迫不正の侵害に当らないとしていたが、現在では学説・判例ともに、侵害が予期されただけでは急迫性は失われないとする点で一致している。もっとも、予期された侵害の機会を利用して積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に望んだ場合(積極的加害意思のある場合)については見解が分かれている。この点昭和52年7月21日最高裁判決は、刑法36条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に望んだ時は、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である」と延べ、積極的加害意思のある場合には急迫性が欠けるとした。学説上は判例の立場を支持するものもあるが、侵害の危険の切迫性を意味する急迫性は、客観的観点から定められるべきであり、防衛者の主観によって左右されるものではないとする見解が有力である。
C.防衛の意思が必要かについて
36条1項の「防衛のため」という文言に関して、学説には、防衛行為といえるためには、行為が防衛の意思に基づいていることが必要であり、36条1項の防衛のためという文言はこのことを示しているとする見解と、防衛行為といえるためには、客観的に防衛行為と認められる状況があれば足り、防衛のためという文言も「客観的に防衛に向けられたものと認められる場合」という意味であるとする見解とが対立している。防衛の意思不要説は、対向する利益のいずれかを優先的に保護すべきであるかは行為の段階で客観的に決定されているので、行為時の行為者の主観を問題にする必要は無いとの理解を前提にしていると考えられるが、純粋理論的に考えれば、双方の行為が「全く同時に」行われた場合(=双方が全く同一の行為を同時に行った場合)、客観的には、それぞれの行為の正・不正は決定できないはずである。このような場合「正・不正」という正当防衛の基本的構造が認められるか否かを判断するには、防衛の意思を問題にせざるを得ず、防衛の意思必要説が妥当であると思われる。防衛の意思必要説(判例:具前防衛の排除、正当防衛の範囲を狭める。また判例上は攻撃防衛の意思の並存は防衛の意思が存在することとなる)をとる学説の多くは、防衛の意思には、認識的要素と意思的要素が必要であるとしつつ、「単なる防衛の認識では足りないが、急迫不正の侵害を認識して、これを避けようとする単純な心理状態」があれば、防衛の意思を認めることが出来るとしている。
D. やむを得ずにした行為の意義について
「やむを得ずにした」といえるためには、「防衛の程度を超えていないこと」が必要となる。「やむを得ずにした」という言葉は、本来、他に方法がなかったことを意味するものであるが、36条2項の規定が存在するために、その内容は防衛の程度という観点を加味して理解する必要があるのである。従来、他に方法がなかったことは防衛行為の必要性と、防衛の程度は防衛行為の相当性と呼ばれ、「やむを得ずにした」といえるためには必要性と相当性の双方がみたされなくてはならないとされてきた。防衛行為の必要性とは、実際に行われた防衛行為が、考えられる複数の防衛手段の中で最も軽微なものであること(=相対的最小限度性)を意味する。但し、正当防衛の場合防衛行為は緊急状況下で行われるものであり、かつ、不正の侵害に対するものであることから、防衛行為の相対的最小限度性は厳密な意味では要求されず、具体的な事案において「複数の有益な防衛手段の中で合理的な範囲内にあるもの」と認められれば必要性はみたされる。防衛行為の相当性とは、防衛行為によって害されることとなる利益と保護されることとなる利益との間に均衡が認められることを意味する。このような均衡は、後者の利益の方が前者の利益よりも大きい場合に認められるが、「緊急状況下で不正の侵害に対して行われる」という正当防衛の構造から、両利益の間に著しい不均衡が認められない限り、後者の利益の方が前者の利益よりも小さくとも相当性を肯定することができる。但し必要性とは「防衛手段の選択の妥当性」に関する問題であり、相当性とは「選ばれた防衛手段の侵害行為との関係での妥当性」に関する問題であるが、実際には、必要性と相当性との間には密接な関係がある。
以上を参考にしながら各自Eについて検討してみてください。
E.本事例において
・被告人のどの行為が構成要件上何罪に当たるか
・被告人の行為は正当防衛(?〜?の要件)に当たるか
ここからはおまけ
(補論)
緊急避難(正対正)の要件について、正当防衛の要件との異同に留意しながら述べなさい。
緊急避難の要件は以下4つ
1自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危難
緊急避難の場合、正当防衛とは異なり、保全利益が法文上制限されているようにみえるが、現在の通説は、列挙されていない利益に関する緊急避難も認められると解している。保全利益を制限する格別の根拠は内容に思われるので通説が妥当であろう。国家的法益や社会的法益に関する緊急避難が認められるかについては議論があるが、正当防衛の場合と同様に考えればよい。他人のための緊急避難について、多数説は、保全利益の主体の意思に反する場合にも緊急避難が認められるとするが、反対説もある。
現在の危難とは、利益侵害の危険が切迫または現在化している状態のことであり、正当防衛の急迫の侵害とほぼ同義である。危難の不正性は必要でないために、対物防衛の問題は生じない。もっとも不正でないすべての利益侵害に対して緊急避難が可能なわけではなく、正当防衛における不正の侵害が「被侵害者にとって受忍義務のない侵害」とかいされるのと同様に、緊急避難における危難も「避難行為者にとって受忍義務のない危難」と解されなくてはならない。例えば、死刑囚は死刑の執行を免れるために緊急避難を行うことは出来ないのである。
2現在の危難を避けるため(緊急避難の要件2)
「危難を避けるため」という文言については、避難の意思の要否と関連した議論があるが、この点については、正当防衛に関する防衛の意思の要否の問題と動揺に考えれば足りる。
3やむを得ずにした行為
「やむを得ずにした行為」とは、問題となる行為が危難を避けるための唯一の方法であって、他にとるべき方法がなかったこと(補充性)を意味する。正当防衛における「やむを得ずにした」という文言は、必要性と相当性(利益の均衡)を意味したが、緊急避難の場合、相当性(利益の均衡)にあたる要件は「生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」という文言によって明文化されているので、必要性に当る要件として理解される。そして緊急避難は防いでないものの利益を侵害する行為であるから、37条1項の「やむを得ずにした」という文言は、必要性よりも厳格な補充性の意味で理解するべきである。もっとも、緊急避難も、緊急状態下で行われる行為であるので、補充性を当該避難行為が事後的・客観的見地から「危難を避けるための唯一の方法」であったことを意味するものとして理解すべきではなく、具体的な事実関係を基礎にして、法的に許容される範囲内の行為であったと評価できるか否かを、行為の時点にたって個別具体的に判断すべきである。
4生じた害が避けようと害の程度を超えなかったこと。
緊急避難が認められるためには、「生じた害が避けようと従いの程度を超えなかったこと」が必要である。これを法益(利益)権衡の原則と呼ぶ。正当防衛の「やむを得ずにした」という文言は、利益の均衡という意味での相当性を内容としていたが、これを独立に明文化したものであり、緊急避難が不正でない他者の利益を侵害する行為であることから、保全利益が侵害利益と少なくとも同価値であることが要求されている。また、生じた害とは、緊急避難が緊急状態下の行為であること、避けようとした害との比較であることから、ここでは、「避難行為の危険性」を意味すると解すべきである。利益の権衡(害の均衡)の有無は、(身体の保全のために財産を侵害したというように)抽象的・形式的に判断するのではなく、危険の切迫の程度や現在化の状況、実際に行われた避難行為の手段・危険性、保全利益と侵害利益それぞれの内容といった具体的事実関係を総合的に考慮して判断すべきである。
E.本事例において(私見)
・被告人のどの行為が構成要件上何罪に当たるか
被告人がBの胸倉をつかんで押したおし、馬乗りになるという有形力の行使により、Bは、その結果として、Bは全治180日の骨折を負った。その間に因果関係が存在するのは明らかである。したがって被告人がBの胸倉をつかんで押し倒し、馬乗りになるという行為は刑法208条の傷害罪の構成要件に該当する。
・被告人の行為は正当防衛(1〜3の要件)にあたるか。
1について
BとXは仕事前に車外に出て互いに胸倉をつかみ合う事態となっており、その際にBが「仕事終ったら残っとけ。」と発言はしているものの、その後、何事もなく仕事を終え、Xの運転で会社に戻り、Bの誘導で会社の駐車場に車を入れるという経過を経ており、Xにとって、Bの暴行(Bが突然、胸倉をつかみXを運転席から引ききず出す行為)は予期された侵害とは言えない。したがって、Bの暴行による「侵害の急迫性」はあったといえる。但し、仮にBが「仕事終ったら残っとけ。」と発言したことが、仕事後の喧嘩の合意であったとしても、だからといって、直ちにXはBの暴行を予期できたとして、「侵害の急迫性」なしとは言えないことに注意が必要である。(なぜなら加害意思がないからである)
2について
BによるXの胸倉をつかむ行為は急迫不正の侵害行為であり、Xはそれに対して侵害行為を避けようとして、Aの胸倉をつかみ返し、押したわけだけであり、これは侵害を避けようとした単純な心理状態によるものである。よって防衛の意思があったと取れる。
3について
Xの行為は、Bの素手でBの胸倉をつかむ行為に対して、Xも素手でBの胸倉をつかみ5,6歩押した際にBを転倒させ、骨折の傷害を負わせたものである。Bの素手による胸倉をつかみかかる行為に対して、Xが同じく素手により胸倉をつかむ行為を行ったことは防衛手段として妥当なものであるとともに、Xがそのまま胸倉をつかみ、Bを倒れさせ、180日間にわたる骨折を負わせたことに関して、素手に対して、素手で行われた行為であり、防衛行為によってがいされることとなる利益とほごされることとなる利益との間に著しい不均衡が生じたとはいえない。したがって、Xの行為は「やむを得ずにした」行為といえる。